@article{oai:shitennojiuniversity.repo.nii.ac.jp:00000096, author = {加藤, 彰彦}, issue = {63}, journal = {四天王寺大学紀要}, month = {Mar}, note = {" ブルトン・バタイユ論争の当事者である両者にとってその作品、つまりアンドレ・ブルトン の『ナジャ』とジョルジュ・バタイユの『眼球譚』並びに『マダム・エドワルダ』は当時から 比較されともに評価される作品となっている。シュルレアリスム運動に一時的にせよ関わった バタイユのこれらの作品の観点からブルトンの『ナジャ』の読解を試みたのが本論考である。 先行研究によってこれらの作品の位置関係をおさえた上で、ブルトン・バタイユ論争の内容を 検討しながら、両者の違いを明らかにした。その上で両者に共通する観点、眼(ブルトンにとっ ての視線、バタイユにとっての目玉)、女性(ブルトンにとってのナジャ、バタイユにとっての シモーヌ、マダム・エドワルダ)を中心に考察するとともに、ラカンの主張する倫理上の問題 としてカントとサドについて言及した。バタイユの言うブルトンは観念論的すぎるという批判 の正当性を認めるとともに、ブルトンは現実の持つ問題点を観念論的=グノーシス主義によっ て解決しようとしていると結論付けた。"}, pages = {175--205}, title = {シュルレアリスムにおけるジョルジュ・バタイユ的観点を通してのアンドレ・ブルトンの『ナジャ』の読解}, year = {2017}, yomi = {カトウ, アキヒコ} }