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アンドレ・ブルトンの『ナジャ』におけるナジャの不在
https://shitennojiuniversity.repo.nii.ac.jp/records/248
https://shitennojiuniversity.repo.nii.ac.jp/records/248f913c0cb-fb73-41ba-8f07-89bca2ea0b79
名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||
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公開日 | 2019-06-04 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | アンドレ・ブルトンの『ナジャ』におけるナジャの不在 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | Absence of Nadja in Nadja of André BRETON | |||||
言語 | en | |||||
言語 | ||||||
言語 | jpn | |||||
キーワード | ||||||
主題Scheme | Other | |||||
主題 | アンドレ・ブルトン | |||||
キーワード | ||||||
主題Scheme | Other | |||||
主題 | 『ナジャ』 | |||||
キーワード | ||||||
主題Scheme | Other | |||||
主題 | ナジャの不在 | |||||
キーワード | ||||||
主題Scheme | Other | |||||
主題 | ジェラール・ジュネットの物語論 | |||||
キーワード | ||||||
主題Scheme | Other | |||||
主題 | ヒッチコックの『サイコ』 | |||||
資源タイプ | ||||||
資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||
資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||
著者 |
加藤, 彰彦
× 加藤, 彰彦 |
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抄録 | ||||||
内容記述タイプ | Abstract | |||||
内容記述 | アンドレ・ブルトンの『ナジャ』において、ナジャの物語の最後でナジャの不在を意味する ブルトンの発言がある。ナジャの不在とはいいながらも、ナジャが実在した人物であることは 明らかになっているが、それでは何故ナジャの不在が語られるのか。それについて考察したの が本論考である。第一部において、ジェラール・ジュネットの物語論に依拠しながら、語り手 と聴き手の位置関係に注目し、当初は語り手であったブルトンが、本来聴き手であったナジャ に取って代わって最終的には聴き手も兼ねるという一人二役を演じている構造を明らかにし、 ナジャの不在をテキスト上から論証した。次に、第二部において、ラカンの理論を援用しながら、 ナジャはブルトンの自己同一性のための鏡像であること、更にヒッチコックの『サイコ』を例 にとりながら、主体が対象と同一化し、対象が消滅しても、超自我的な声によって支配される 点を明らかにし、ブルトンはナジャの消滅後もナジャの声によって支配され、それによって主 体として維持されるという風に結論付けた。 |
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書誌情報 |
四天王寺大学紀要 号 67, p. 203-233, 発行日 2019-03-25 |
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出版者 | ||||||
出版者 | 四天王寺大学 | |||||
ISSN | ||||||
収録物識別子タイプ | ISSN | |||||
収録物識別子 | 1883-3497 |